水難事故の原因は?

今年の夏は、何か水難事故が目立ちます。
もろろん、ニュースで報告されるから、よけいそのことが意識されるわけでしょうが。

海水浴などで、波にさらわれるという事故は昔からありましたが、そうなる理由としては、自分の能力以上のことをしようとする、つまり今現在のありのままの自分を知らない「身の程知らず」が格好ばかりつけているからそうなるのです。
そして、泳ぐ前と後には、必ず15分以上の念入りな準備体操、整理体操が必要です。
おそらく、それを怠っていたのでしょう。


プールの排水溝に巻き込まれるとか、川に流されるというのは、身の危険を察知する「野性的勘」が鈍くなっていることが言えるでしょう。
野生の動物が、たとえ魚ではなくても、犬や猫が水難にあったという話はあまり聞きません。
やはり、彼らはたとえ人間に飼いならされたペットであっても、人間よりは身の危険を察知する野生の勘があるのでしょう。



ところで、感覚の働きを今一度整理しておきましょう。

感覚の働きというのは、意識に意識され得ない情報を送り込むことです。


例えば、オフィスで仕事をしているとしたとき、意識では仕事の事、仕事に関連する事、利害関係でも相手がどれだけ仕事が出来るのか、が意識の対象になります。

そこに、意識され得ないプライペートな側面やその人の過去、あるいは語る必要のない、語れない内心の想いが「雰囲気」として感じられ、意識されます。
また、その時々の体調、天候や季節などの体の反応は「気分」として意識されます。

その「雰囲気」と「気分」に、時には意識されるより先に身体が反応して身の危険を回避します。
あるいは、意識に「いゃな予感」として察知され、行動を回避することで身の危険から逃れます。

これが仕事に活かされれば、過労で倒れたりストレスでうつになることを防ぎ、さらには利害関係でだまされることや大きな損害を招くことも防ぐことでしょう。


しかし、この「雰囲気」と「気分」を普段から意識していると、かえって仕事の能率を左右することは言うまでもありません。
左右されないようするには、出来るだけ些細な感じは気にとめないで置くわけですが、この習慣が身についてしまい仕事の時を外れたプライベートな側面でもそうしているのはよくありません。

また、冷房や暖房などで、室温を一定に保つことは仕事の能率は高まりますが、やはりちよっとした気候の変化に対する体の反応は鈍くなります。身体症状というのは、気分が悪いことを無視しつづけた結果起こるわけで症状そのものが異常を回復する働きなのですが、それを薬で抑えてしまうという現代医学の治療は、雰囲気や気分に対する感受性を鈍くします。


そして現代人の意識というのは、具体的データや図解など数学的、論理的に明確に示されたものに反応するように条件づけられているため、漠とした白紙の状態に何かを想像する能力が低いのです。
これも、雰囲気と気分に対する感受性を鈍くしている要因です。

最近の子供は、犯罪事件に巻き込まれるのを避けるために、外で遊ぶことがなくなりましたが、これは今は良いとしても、このままではたくましさが育たないのは想像することが出来るでしょう。


こうしてみると、改めて、やはり野生の勘を取り戻すのには、日頃から「よく遊ぶこと」「運動すること」「芸術に親しむこと」そして適度に「風邪をひくこと」が大切に思われてきます。